強制的な「躾」って必要だと思いますか?

親や先生に言われたことだけ受け身ですると、考える力が養われない。

教室では『考える力』にこだわって取り組んでいます。
でも、それと「自由に気ままにする」ことは違います。

ここは教室。
「しっかりとした挨拶」や「声を出すこと」なども
しっかりとします。

しつけや学習・生活の上での習慣が大切だからです。
そこに「理由」はありません。
「しておくべき」ことだからです。

「オオカミ」に育てられた子は「オオカミ」のように育つという
例がありますが、やはり私たちは『人間』ととしての教育として
「運動」から人間育てを後押ししています。

 

ただ、躾やきまりに囚われすぎて、「運動嫌い」になってしまっている子は別です。
まず「好き!もっとしたい!」という気持ちを大事にしてほしいからです。

その気持ちが芽生えて自信がついている子には、どんどん『するべきこと』を
していきますし、大事にしていくことをしっかり取り組んでいきます。

マニュアルとか一般的には・・とか
そういうことも参考にはなりますが、
個々に合わせたそのスピードやタイミングが違うのだという事。

今日も、そんな個々の芽を大事にして
教室へ参ります!

Siloam Church

 

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